白州次郎邸 訪問1

あるじです5月最後の日曜日、友人のY子さんと、東京都町田市の鶴川駅ちかくにある旧白州次郎邸を訪れました。丁度「占領を背負った男」の企画展示の最終日でした。白州氏は、カッコいい、マナーと礼儀を重んじた人柄を感じる数々のエピソードで一杯の人


趣味(hobby)は違うふたりでしたが、趣味(taste)は共通するものがあったようです」と、娘さんが追憶する方。

君は究極の理想だ」と熱烈なラブレターを交際時代(戦前)の奥様へ贈った人。

ケンブリッジ仕込みの完璧な英語で、占領時代の日本にあって吉田茂の右腕となり、通商産業省(現在の、経済産業省)設立など、日本復興に力を注いだ人。

もう少し勉強なさったら、あなたの英語も一流になりますよ」。
自分の英語を褒めたGHQの高官に、こうやりかえした人。

葬式無用 戒名無用」と遺言して、潔くこの世をさった方。


そして


日本国憲法第1条の「天皇は日本国の象徴であり…」 の「象徴」を訳出した本人。


これは全て白州次郎氏の一部。
現在娘さんが武相荘(ぶあいそう)として、ご夫妻の旧邸宅を公開されています。

武相荘
http://www.buaiso.com/




お写真をご覧になって、みなさんに少しでも上質な空間の雰囲気を感じていただけましたらと思います。(内部は撮影禁止です)


看板1(ユニクロ隣、道路わきの坂道への入り口)

看板1

写真 by あるじ



看板2(敷地入り口)

看板2

写真 by あるじ




門

写真 by あるじ



チケット売場、ショップ

チケット売場、ショップ

写真 by あるじ




カフェの前の向こうに母屋を望む

カフェの前の向こうに母屋を望む

写真 by あるじ



帰り道、カフェで素敵な茶器とイギリス製のフォークで、手作りケーキと深焙煎のコーヒーセット(800円)を頂きました。。。このカフェは、白州氏が工作室として使われていたお部屋のようで、入り口には「工作室」の小さな木札がかかっていました。


藤棚前の菖蒲と・・・

藤棚まえの菖蒲と・・・

写真 by あるじ




帰宅後、さらにエピソードを知りました

ゴルフ
白洲は、日本ゴルフ界を語るには欠かせない人物でもある。白洲がゴルフを始めたのは、本人によると14,5歳の時からでイギリス留学中はゴルフはしなかったが帰国してから熱中した。 昭和51年(1976年)軽井沢ゴルフ倶楽部の常任理事に就任。メンバーは皆平等に、ビジターを制限し、マナーにことのほか厳しく「プレイ・ファスト」を徹底させた。 1982年(昭和57年)同倶楽部理事長に就任する。


頭の固い頑固者ではなかった白州にはこのようなエピソードもある。中曽根康弘が立ち寄った際、コースから閉め出されたSPと新聞記者が双眼鏡を用いて中曽根の様子をうかがっていたところ、「なんだ?バードウオッチングか?」と強烈に皮肉ったといわれている。(当時、中曽根は政治的立場をよく変えるため「風見鶏」と揶揄されていた)白州はジョークのセンスもなかなかのものであり、頭は柔らかいが「うるさがたの爺様」だったようだ。



こんな日本人がいてくれたことに、とても励まされました。


→「白州次郎邸 訪問  2」へつづく


風の男 白洲次郎

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 白州次郎邸 訪問2

    Excerpt: あるじです先日の旧白州次郎邸 訪問1の続きです~。今回は、母屋周辺のお写真です。お屋敷内部の写真撮影は禁止されていました~ Weblog: キジ猫とらお 仙川日記 racked: 2007-06-12 10:49
  • がんじろうの木の芽吹き

    Excerpt: とらおです今日は、田舎のじいちゃんの誕生日。そして、僕たちファミリーの一員、がんじろうの木に夏への.. Weblog: キジ猫とらお 仙川日記 racked: 2007-06-15 11:21
  • 今年は夏に:旧白州邸 武相荘 

    Excerpt: こんにちは~(o^^o) Weblog: キジ猫とらお 仙川日記 racked: 2008-08-02 12:40
  • 「白洲次郎」第3回放送日と再放送が決定

    Excerpt: 以下、こぴぺにて紹介させていただきます。。。 Weblog: キジ猫とらお 仙川日記 racked: 2009-06-29 23:04